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設立
1950年

GP初開催
1950年9月3日

GP開催回数
56回

収容人数
約 115,000人

主催者
Monza

プレスオフィサー
Paolo Montagna
Tel: (+39) 02 7745239
Fax:(+39) 02 781844


インフォメーション:
Autodromo Nazionale
Monza

Via Vedano 5
Parco di Monza
20052 Monza (MI)
Italy


Tel : (+39) 039 24821
Fax : (+39) 039 320324





01 - Cur. grande
02 - Var. Roggia
03 - Lesmo 1
04 - Lesmo 2
05 - Serraglio
06 - Var. Ascari
07 - Parbolica







距離
5.793 km

周回数
53周 (306.720 Km)

コーナー数
10 (左コーナー:4) (右コーナー:6)

トップスピード
368 Km/h

スタートラインオフセット
309 m

ダウンフォースレベル
low

2006年 レース時路面状態
ドライ

ベストラップ
R. バリチェロ - 1'21''046
(2004年, フェラーリ)

予選レコードタイム
R. バリチェロ - 1'20''089
(2004年, フェラーリ)


2006年 ポールポジション
K. ライコネン - 1'21''484
(マクラーレン)


2006年 表彰台
1. M. シューマッハ
2. K. ライコネン
3. R. クビサ


1922年にたった100日間で、ミラノのオートモービル・クラブによって造られたモンツァは、現在使用されているヨーロッパのサーキットの中でもっとも古いものの一つである。イタリアで2番目に大きなミラノ市郊外のロイヤルパークに、長くフラットなストレート、高速コーナー、シケインなどがレイアウトされ、ヨーロッパのサーキットでもっとも平均速度が速いサーキットの一つで、そのGP開催暦もやはり永い。

元々は、ロードコースと楕円形のバンクの両方を使っていたが、(1960年代、何度か行われたメジャーレースではロードコースと楕円形の傾斜の両方を統合して使われていた。)今日では、ロードコースだけが使われている。印象的なバンクはまだ存在してはいるが、取り壊す計画が現在では進んでいる。

サーキットは第二次世界大戦中、軍隊の駐車場として使われたため、爆弾による被害に遭ったが、オリジナルレイアウトも幾分かは残っている。バンクは1948年に再び使われるようになり、特別な要求によって再構築された。このサーキットで1930年代にありとあらゆる種類のコンビネーションが培われ、興味深いことに既にシケインも使われていた。1950年以降、サーキットはほとんど改修を受けておらず、1970年代に新しいシケインが設置されたものの、モンツァは依然として高速サーキットのままで、それゆえマシンへの負担も大きい。そのモンツァでは、どのようなレースが目撃されてきたのか。

1950年のF1世界選手権開始以来、1980年を除いては、(1980年のイタリアGPはイモラでの開催)毎年モンツァでイタリアGPが開催されている。開催となる1950年、フェラーリのファリーナはこのモンツァでのレースを制し、初代ワールドチャンピオンの栄誉に輝いた。

1960年にはフィル・ヒルがアメリカ人として初のGP制覇を達成した。翌1961年もフィル・ヒルが勝利しワールドチャンピオンを決めたが、それは同時に、共に王座を争っていたチームメイト、ウォルフガング・フォン・トリップスが観客12人を巻き込む悲劇の大事故によって死亡したその直後の悲劇と重なった。

1965年、ジャッキー・スチュワートは記念すべきGP初勝利をモンツァで達成した。翌1966年、フェラーリのスカリフィオッティーが母国勝利を決め、同じくフェラーリのマイク・パークスが2位。フェラーリは本拠地でのワンツーフィニッシュという最高の結果を残した。

1970年、ヨッヘン・リントが予選中の事故により落命。1971年は上位5台のマシンによる混戦の中、ピーター・ゲシンが抜け出し勝利を手にした。ロニー・ピーターソンは1973年、1974年、1976年とモンツァを制した。残念ながら1978年、スタート直後のクラッシュで命を落としたのもこのモンツァとなった。

デイモン・ヒルが1993年、1994年と連覇し、ジョニー・ハーバートが1995年にレース人生における2度目の勝利を成し遂げた。

1996年シーズン、ミハエル・シューマッハがフェラーリにとって1988年以来となる本拠地での勝利を果たし、その勝利はティフォシ(フェラーリの熱狂的なファン)たちをまさに狂喜乱舞させた。1997年はマクラーレンのデビット・クルサードが勝利。翌1998年は、シューマッハがそのシーズンで初のポールポジションを取り、二年振りにイタリアGP勝利を果たした。1999年はジョーダンのハインツ・ハラルド・フレンツェンが勝利を決め、ジョーダンのコンストラクターズ第3位獲得に大きく貢献した。

2000年、再び悲劇が起こった。スタート直後に数台のマシンを巻き込んだ激しいクラッシュ。マシンのパーツが一面に飛び散り、その一部がマーシャルを直撃。即死だった。それでもミハエル・シューマッハは勝利のために走り続けた。多くのファンは彼がそのレース終了後のインタビューで見せたその表情を忘れないだろう。マーシャルの死の悲しみと自らが崇拝するアイルトン・セナの勝利数に肩を並べることが出来た喜び、2つの感情が交錯する複雑な心境が一瞬、瞳の奥に映し出されたように見えた。

2001年9月15日のイタリアGPが開催される直前に、ニューヨーク国際貿易センタービルの悲劇があり、追うように元F1ドライバー、アレックス・ザナルディがカート第16戦のレース中に事故に巻き込まれて両足を切断するというニュースが流れた。すべてのF1関係者にとってそれらは胸を痛める悲しい出来事であった。2001年イタリアGPで、せめてもの明るい話題と言えば、ルーキーのファン・パブロ・モントーヤがGP初勝利を飾ったことだけだった。

2002年、ルーベンス・バリチェロが勝利。ミハエル・シューマッハが2位になりフェラーリは母国のイタリアでワンツーという最高の結果を残せた。

2003年、イタリアGPまで6戦連続で優勝がなかったミハエル・シューマッハだったが、フェラーリ50勝目を地元イタリアGP、ティフォシの前で達成した。ドライバーズ・ランキングでシューマッハはファン-パブロ・モントーヤに3ポイント差まで追い詰められてしまったが、シューマッハは動じなかった。チームメイトのルーベンス・バリチェロも3位で表彰台に上がった。

2004年のイタリアGPは、ミハエル・シューマッハがスタート直後、2コーナーでスピンし、最後尾までポジションを落としてしまう。一方でルーベンス・バリチェロはトップを奪うが、天候に合わせたはずのタイヤ選択が裏目に出てしまい、ポジションを下げた。しかし、最後はバリチェロが素晴らしい復活を遂げ優勝を飾り、2位には最後尾から驚異的な走りを見せたシューマッハが入った。フェラーリに続いたのは、B・A・R Hondaのジェンソン・バトンと佐藤琢磨の2台。フェラーリの地元でシューマッハとバリチェロが1-2を飾り、イタリアのファンにはまたとない年だった。

2005年にはまったく違う展開が待ち受けていた。シューマッハは10位、そしてバリチェロは周回遅れである12位という結果に終わったのだ。レースを制したのはポールスタートのモントーヤ、その後ろにルノーデュオのアロンソ、フィジケラがつけ、11番グリッドからスタートしたライコネンが4位まで浮上した。

2006年のレースを制したミハエル・シューマッハが、決勝後にこの年限りで引退することを発表。一方、ライバルのフェルナンド・アロンソにとっては、予選でフェリペ・マッサのアタックを妨害したとして、ペナルティを課せられるなど、タフな週末となった。また、そのアロンソは53周で争われた決勝の44周目にエンジンブローでリタイア、ルノーにとっても厳しいグランプリとなっている。そんな中、2位につけたライコネンに続いたのは、BMWザウバーのロバート・クビサ。見事な走りを披露し、F1レース3戦目にして初表彰台を獲得した。


2007 F. Alonso (McLaren)
2006 M. Schumacher (Ferrari)
2005 J-P. Montoya (McLaren)
2004 R. Barrichello (Ferrari)
2003 M. Schumacher (Ferrari)
2002 R. Barrichello (Ferrari)
2001 J-P. Montoya (Williams)
2000 M. Schumacher (Ferrari)
1999 H-H. Frentzen (Jordan)
1998 M. Schumacher (Ferrari)
1997 D. Coulthard (McLaren)
1996 M. Schumacher (Ferrari)
1995 J. Herbert (Benetton)
1994 D. Hill (Williams)
1993 D. Hill (Williams)
1992 A. Senna (McLaren)
1991 N. Mansell (Williams)
1990 A. Senna (McLaren)
1989 A. Prost (McLaren)
1988 G. Berger (Ferrari)



     






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2008 サーキット



メルボルン - 03/16
セパン - 03/23
サヒール - 04/06
バルセロナ - 04/27
2008 サーキット



イスタンブール - 05/11
モナコ - 05/25
モントリオール - 06/08
マニクール - 06/22
シルバーストーン - 07/06
ホッケンハイム - 07/20
ハンガロリンク - 08/03
バレンシア - 08/24
スパ - 09/07
モンツァ - 09/14
シンガポール - 09/28
富士スピードウェイ - 10/12
上海 - 10/19
インテルラゴス - 11/02
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