3度のF1ワールドチャンピオンに輝いた偉大な父と同じ名前を授けられたネルソン・ピケJr.は、ブラジル・カートシリーズからそのレースキャリアをスタートさせた。2001年には南米F3選手権に参戦、総合5位の成績を残し、翌年は同選手権のタイトルを手にしている。その後、17歳のピケJr.はイギリスへと渡り、イギリスF3選手権で戦う道を選んだ。
父親のチームで戦うピケJr.は2003年に6勝をマーク、チャンピオンシップ3位という堅実な成績を残す。その年にはウィリアムズBMWで、初のF1テストドライブも経験。2004年は同選手権で6勝を挙げ、タイトルを獲得、さらにウィリアムズでのテストも重ねた。
2005年にはB・A・R Honda(現Honda Racing F1 Team)でテストを行ったピケJr.は、同年からスタートしたGP2シリーズに参戦するものの、信頼性の低いマシンにも悩まされ、タフなシーズンを過ごすことになった。しかし、その状況でも彼はポテンシャルを示す走りを見せ、ウエットコンディションとなったスパ・フランコルシャンのレースで優勝を果たし、彼の能力の高さを示したのだ。
また、A1GPでは元F1ワールドチャンピオンであるエマーソン・フィッティパルディが指揮するブラジルチームのドライバーを務め、ブランズハッチでは第 1、第2レース共に優勝する活躍を見せている。2006年もGP2に参戦、ルイス・ハミルトンとチャンピオン争いを繰り広げたが、王者に輝いたのはハミルトンだった。
シーズンフィナーレであるモンツァを迎える前に、ピケJr.はチャンピオンチームであるルノーとテストドライバー契約を結んだ。2006年9月にルノーF1を初めてドライブしたピケJr.は、2007年シーズン中、テストで走行を重ねた。
2008年シーズンに向けて、ナンバー1ドライバーとしてフェルナンド・アロンソのルノー復帰が決定したが、ヘイキ・コバライネンがナンバー2ドライバー待遇を敬遠。それにより、ピケJr.にF1レースシート獲得のチャンスが訪れた。3月に開催されるシーズン開幕戦オーストラリアGPで、アロンソのチームメイトとしてグランプリデビューを果たす。