山本左近は2001年に全日本F3選手権にステップアップするまでに、日本でさまざまなカートレースに参戦してきた。
そして2002年にドイツF3、翌年にはユーロF3に参戦する。
2004年になって左近は日本へ戻って全日本F3に参戦、ツインリンクもてぎで優勝を飾る。
2005年からは国内トップフォーミュラであるフォーミュラ・ニッポンに戦いの場を移し、総合10位の成績を残した。
2006年もフォーミュラ・ニッポンにとどまるが、シーズン途中よりSUPER AGURIの井出有治と入れ替わるようにF1の舞台に上り、イギリスGPから金曜サードドライバーとして経験を積むことになる。第12戦ドイツGPからはフランク・モンタニーに替わって、レギュラードライバーとしてレースを戦うことになった。レース参戦当初こそ苦闘した左近だが、彼にとって7戦目であり2006年シーズン最終戦となったブラジルGPでは、ファステストラップで7番手タイムを記録するなど印象的な走りを披露、16位でフィニッシュしている。
2007年、佐藤琢磨がSUPER AGURIのレースドライバーを継続する一方、琢磨の新チームメイトにはアンソニー・デビッドソンが就任、左近はテストドライバーとしてチームを支えることになった。
その2007年シーズン中盤、左近はスパイカーにレースドライバーとして移籍。ハンガリーGPからF1でのレース活動を再開した。
エイドリアン・スーティルとコンビを組んだ左近は、信頼性の高さを証明する。チームの競争力は決して高かったとは言えないが、出走した7戦中5レースで完走している。母国グランプリである日本GPでは自身最高位となる12位フィニッシュを果たした。
2008年はルノーに移籍して再びテストドライバーという役目を担うことになった左近だが、勝つためのノウハウを学んでいくことになる。